湯町橋

 

 

駐車場から見える眼鏡橋は、江戸時代、熊本から山鹿を通り南関へ抜ける参勤交代路で、当時は細川藩・島津藩の参勤交代の行列が上り下りを

した橋といわれています。

当時、吉田川はこの付近までは湯町川と呼ばれ、湯町橋は山鹿温泉と熊入温泉の中間を流れる吉田川にかけられました。

1814年(文化11年)の築造で、熊本県内では1802年に築造された豊岡橋に次いで二番目に古い橋です。

橋長17.7メートル、幅員4.82メートル二連アーチの眼鏡橋。

左岸上流側に立っていた橋柱に「左文化11年11月 右大正元年12月増築」と彫ってあり、上流側を幅員約1メートル拡幅してありました。

昭和48年に解体したところ、拡幅で隠れていた上流側の楔石に

「文化11年11月」  山鹿郡:橋根役山鹿会所 万助 同中村会所 次七

            湯町川:石工司鍋田村  吉兵衛

            眼鏡橋:石工司鍋田村  勘右衛門  甚吉 保田多村 武右ェ門

の刻銘がありました。

昭和50年ごろ幅員3.8メートルのまま、保存のため日輪寺に移築されました。